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■ 488■ 9月25日 2007
「地上10メートル」
6年目に入ったチェンマイ生活、長いようで短く感じるのは、途中3年間、僕がバンコクに単身赴任したためだとも思われますが、時間が確実に過ぎていって
いることを実感させられることが沢山あります。
その一つに裏庭の木があります。チェンマイに移住して、今のタウンハウスに住み始めた当初、裏庭にあった木は直径10センチくらいの細く頼りなかったの
に、6年経った今では一抱えもある大木に育ってしまいました。
この木の名前は今現在分かりませんが、とにかく生長が早く、それに大量の落ち葉を降らせます。面白いことに、この木は、自己主張が非常に希薄で、別の木
が枝を張り出してくると、自分はそれ以上枝を伸ばさず、くるりと折れ曲がってしまって、別の方向に枝を伸ばそうとします。だから、枝の方向性が一定せず、
なんだか姿の悪い木に育ってしまいます。そんな性質を持った木ですので、空はじゃまするものがいないので、上方に何処までも枝を伸ばし、その結果、10
メートルを超える大木になってしまいました。
3年間の不在で、途中で枝落としをしなかったために、大木に育ってしまって隣近所に大量の落ち葉を降らすようになりました。家人、はバンコクに1ヶ月く
らい滞在してチェンマイに帰ると、落ち葉の整理で大変だとこぼしていたのが、あながちオーバーな表現ではないことを知らされました。でも、この木は薄暗い
日陰を作ってくれますので、一年中暑いチェンマイでは重宝していましたが、お隣との塀を越えて枝を張り出しており、落ち葉も迷惑だと考えられ、早くから家
人に手間を入れて枝払いをするように依頼されていました。
この庭は、僕が住みだした当初、雑草が生い茂る荒れ放題の庭でした。どうして整備すれば良いか分からないくらいの状態で、数本の小さな木と落ち葉、それ
になんだか裏庭をゴミ箱代わりに使っていたようで、実に雑多なゴミの山でした。唯一の高い木は、空を見上げるほどのパパイヤの木でした。
このパパイヤの木は、大家の子供が食べた後の実を庭に飛ばしておいたら驚くほどの大木になったということです。そういう理由で大きくなった木ですからか
ら、別段大切に育てられた訳ではありません。僕が住み始めた当座、木の高さはすでに10メートルになんなんとしており、高い場所に茂る葉のしたに2、3個
の実がなっておりました。
その実がだんだん大きくなって、ほのかに赤みを帯びて来だしたので、収穫時と思いましたが、10メートルになんなんとする高い位置にあるパパイヤをどの
ような方法で収穫すればいいか、その方法が分かりません。タイ新参者は指を咥えて見ているほか方法がありません。
しばらくして、大きく育ったパパイヤの実は、無惨めにも落下して地上でつぶれていました。
これを機に、この木を切り倒し、裏庭を整備することにしました。パパイヤの木は想像に反して、木の幹が柔らかくすかすかで、簡単に切り倒すことが出来ま
した。地下に張った根も簡単に掘り起こすことが出来ました。タイの木は総じて木の幹はそれほど緻密に出来ていない感じです。
雑草を刈り取り、庭には2本の木を残すことにしました。もう一本はマイヨムの木で、これは季節になると大量の実をつけ、その重みで枝が折れてしまうとい
う、全く「身の程しらず」の木です。毎年たわわに実を付け、その重みで枝がおれるということを繰り返していますので、それほど大木には育ちません。
この裏庭、こう書くとなんだかすてきな広さの庭のように思われますが、広さは10X7メートル位の小さなスペースです。隣の家との境は高い塀で隔てられ
ていますので、何もないと、ちょうど刑務所の独房の運動場くらいの広さです。(僕が実際刑務所に入った訳ではありませんので、これはあくまで想像上の広さ
です)
この広さでも20年あまり香港で高層住宅の空中生活をしていた僕たちにとっては、あこがれの裏庭です。手を入れることにしました。まず、雑草や、がらく
たを撤去、庭石をしくことにしましたが、これは結構大工事ですので、家の内装をしたとき出入りしたペンキ屋に相談しました。彼は気軽に商売外の仕事を引き
受けてくれました。
手間賃は全部で800バーツ、庭石は実費ということで話がつきました。次の日から職人を2名つれてきて朝早くから働いてくれました。どうもチェンマイで
は専門職という人が少なく、ペンキ屋が一日過ぎれば庭師と変身するようですが、それでも一応庭師らしい人を一人連れてくるのはお愛嬌です。家を建てる大工
などもそうで、大半は郊外のお百姓さんで、農業が忙しくない農閑期は街に出て、手間仕事をしているのが常態です。だから、専門家が少なく、すべて素人に毛
が生えたような人たちです。
雑草を取りのぞいて行くと、壁に近い場所に巨大な蟻塚が現れました。はじめはただの土が盛り上がった物だと思っていましたが、これが巨大な蟻塚で、移植
ごてで壊しにかかりましたが、堅くてびくともしません。結局この蟻塚を壊すには、つるはしを持ってきて、3時間ぐらいかけて壊す有様です。驚くほどの蟻が
中に生息しており、驚いた家人はスプレーの殺虫剤を3本も使って退治しようと奮闘しましたが、それでも全滅に至らず、思いあまって熱湯などをかけて大騒ぎ
しました。
蟻塚の中には大量の白い蟻の玉子があり、そのままにしておくと大量の蟻の発生源になっていた事だろうと思うと、早期発見、早期退治でありに悩ませられる
ことがないだろうと高を食っていましたが、蟻はその後も家人を悩ませ続け、現在に至っています。特に乾期で気温が高くなると蟻の季節で、信じられないとこ
ろにも蟻が発生します。これは余談ですが、先日炊飯器の蒸気を逃がすバブルの部分に大量の蟻が発生しました。原因は蒸気を逃がすバブルの穴の部分の掃除が
充分でなかったためと判明しました。そんな部分にも蟻は容赦なく群がります。
そうして庭石を敷いてみると、結構見られる庭に仕上がりました。このとき残した2本の木は、幹まわり20センチくらいのマイヨムと、
10センチくらいのもので、2本とも高さは2メートルくらいの小さな木でした。
それが、6年で大木に生長しているのですから、僕たちのチェンマイ生活がそれだけ長くなってしまったのか、それともチェンマイの木は想像を絶する早さで
生長するのか、命題を解釈するすべを持ちませんが、いずれにしてもこのままというわけにはいかない状況になりました。
意を決して自分で枝を伐採することにしました。
といっても、木の高さは10メートルになんなんとしており、はしごで届く距離ではありません。家人は盛んに危険だからやめるようにいいます。手間を入れて
も1日2、300バーツ(900円くらい)、もし落っこちてけがでもすると病院代の方が高くつくと、盛んに止めます。もし落っこちでもすると「65歳の日
本人老人、庭木の手入れで10メートルの高所から転落、手間賃を惜しんだ結果の災難」などと新聞に書かれたら一代の恥だといいます。
そんな警告を聞いていると、ちょっと決心が鈍ってしまますが、引退した今では毎日が日曜日で、時間だけはたっぷりとあり心がはやります。考えて見れば、
子供の頃は良く高い木に登ったものです。木の上に隠れ家を造ったりして、仲の良い友達と数日生活した経験もあります。スタンドバイミーの映画は他人事では
なく、自分の子供時代を彷彿とさせる物語でした。2、3日はこの木を見上げて、どのように伐採するのが合理的で、安全かを考え続けました。
3日目に結論がでました。それは下の枝から切り落とし、順次上に移動すれが比較的簡単で、危険性も少ないのではないかということです。隣の家の屋根も大
いに足場として利用させてもらうことで、危険性を少なくする工夫が出来上がりました。
香港時代に買ったのこぎりは今回の作業には少し小
さすぎますが、外国製のように、押して切る方式ではなく引いて切っていくので、足場の不安定な高所で、慣れないのこぎりを使うより安心感があります。どう
も押して切るのこぎりはいつまで経っても手になじみません。
いざ木の登ってみますと、やはり5,6メートルでも2階建ての屋根を越える高さですので、ちょっと恐怖心が頭をもたげます。はしごがかかる高さは3メー
トル、それ以上の高さへは、自分の力で登らなければなりません。足をしっかり枝にかけて一番上の枝まで登ってみました。
絶景です。遠くにドイステープが見えます。今年の雨期は雨が降らずに晴天の日がつづいていますので、山の様子がはっきりと見えます。直射日光を避ける意
味でもサングラス、帽子をかぶり、シャツは長袖、ゴルフで使っていた長いソックスをはくという、完全武装です。
まず、手頃な枝を切ってみました。案の定、タイの木ですので幹は柔かく、簡単に切り落とすことが出来ました。しかし、下の方に枝が絡まるように伸びてい
ますので、切り落とした枝が下に落ちて行きません。ここで3日間考え続けて出した結論の正しさが立証されました。
作戦を変えて、下におりはしごで届く枝から切ることにしました。これなら簡単に切り落とした枝が下に落ち、作業が大変しやすくなります。
この木は、枝を切り落とすことは簡単なのですが、その際白い脂状の樹液を出します。これが予想するより大量なので、のこぎりの歯に絡まり、うまく滑らな
くなります。何回か作業を中止して、のこぎりの歯を掃除するのですが、その樹液があまりにも多いので、なんだか木が枝を落とされるのをいやがっており、
「いたいいたい」と涙を流しているようにも思えます。
作業は3日間を要しました。その間に切り落とされた枝は小さな庭一杯になりました。今度はこの枝をどう始末するかです。僕の考えはこのまましばらく放置
しておき、葉が枯れてしまってからゴミ集積所に運べば良いと考えていましたが、あいにくその翌日雨が降り出し、こうなると簡単には枯れません。事実、上に
積んだ枝を取り除くと、その下は青葉を一杯つけた切り落とされた状態の枝で、重さもかなりあり、それが雨を吸って、さらに重さを増しています。
このままでは蟻の巣や、蚊の巣になるという家人の抗議に負け、枝を小さく切り分け、何回にも分けてゴミ集積所まで運ぶ羽目になりました。その重いこと、
重いこと。しかし、この種の労働の後の心地よい疲労は何者にも変えられず、それに丸ボーズになった木を見つめていると、達成感もあります。事務所の机に向
かう一日と充実感が違います。
かなり難物だった庭木の枝払い、この大木、今度は上に枝を伸ばさず、横に広く大きく枝や葉をつけ、我が家の日傘になってくれることを祈る気持ちです。
それには、定期的に今回のような枝払いをしなくてはならず、年を取るごとに高所恐怖症が激しくなるようで、次回は自分でこの木の枝が払えるかどうか、
ちょっと自信のない自分を発見して自信喪失の感があります。
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