サ キさんのチェンマイ日記

                                        
 
■ 459■ 12月30日 2006

「チェンマイの歳末」

↓来年は誰と何を語りましょうか

  道路に車があふれ、普段は静かだったレストランにお客が引きも切らず、そんな普通ではないチェンマイに正月休みで帰っています。

空気は清涼、バンコクのように臭いがないのが幸いですし、夜中は寒さに目覚めて慌てて布団を引っ張り上げる位気温が下がっています。静かなチェンマイを想 像していたら街中に人があふれている始末、そうなのです来年一月末まで開催の「花博」が真最中なのです。

道路を走る車は他県ナンバーのものが多く、道順不案内で右往左往していますし、普段なら朝夕の短い時間だけ交通が渋滞する交差点も、夜の8時過ぎまで大混 乱をきたしています。花博は当初計画していた外国人観光客を呼び込む予定がはずれてしまったようです。そのために飛行場の滑走路を延長したり、ターミナル を拡張したりホテルを新築したり、改装したりして、かなり大がかりに準備したのですが、外国にはPR不足だったようです。

その代わり、タイの人に大人気になり人が押し寄せているわけです。その点では大成功を収めているといえますが、チェンマイの街は大混乱です。当初心配され たホテル不足はこれで希有に終わったのは何よりですが、国内の観光客はいいざというときは車の中で寝るくらいの覚悟を決めてでかけて来ているようです。ミ ニバンは重宝されている感じです。

バンコックでは、花博を見に行きたいのだが、入場券を買うのに何時間も待たされ、それが屋根のない炎天下で暑くてしょうがなく、入場する前にくたびれてし まうとか、会場の花はカモイ(泥棒)されて、わざわざ行っても花は見ることが出来ない、などとよからぬ噂が立っていて、今一、足が遠のく人が多いと聞きま すが、それでもタイは現在快適なドライシーズン、特にタイの人は北部の街チェンマイはことのほか涼しい、想像はだんだんとふくらんで「寒い」季節を迎えて いるので、花は見れなくても、この際寒さを体感するためにと、出かける人が後を絶たない感じです。

そんな人々が街中を埋め尽くしているようで、この騒ぎは後1ヶ月続くことになります。明け方6時30分に一番機が飛び立って、安眠を妨害されるのはちょっ と困りものですが、それでも我が家のソイ(小道)は静かで平和そのものです。しかし、帰り着いてみると、玄関前になにやら黒い大型のゴミかごが置かれてお り、普段と違う様子をしていますので、家人に尋ねたところ、最近引っ越していた隣人の女中が迷惑駐車防止のために我が家の玄関前にもおいてくれているとの ことです。こんな奥まったソイにも車は容赦なく入ってくるようです。

迷惑駐車といえば、数年前僕がチェンマイに移住した当時、はす向かいに住んでいたスエーデン人の老人は、この迷惑駐車に腹を立て、そのあげくチェンマイを 見限ってプーケットに引っ越ししてしまいましたが、プーケットといえば2年前津波の襲来で大被害を受け、20万人もの人命が失われたという痛ましい出来事 がありましたが、もうあれから2年の時間が経ってしまったとはちょっと考えられない早さですが、先日テレビのニュースを見ていて、ふとこのスエーデン人の 老人を思い出しました。彼はどうしたのかその後の消息は不明ですが、もともとタイの人は迷惑など忖度しないで、どこでもスペースが空いていれば車を停める ので、迷惑極まりありません。

スエーデン人の場合は、結局半日迷惑駐車のために、自分の車を出すことが出来ず大迷惑、あげくはチェンマイ在住を諦める結果になってしまうという話が誇張 しているわけでもないくらい他人のことを考えず、まさに「唯我独尊」です。そんな人種が国中からチェンマイに集まっているのですから、自己防衛をしないわ けにはいきません。僕の車は現在バンコクにあり、駐車場が空になっているのを見越して玄関先に車を放置していく人が後を断たないのは困りものです。

2006年もこうして暮れていきます。今年、僕は胆石の手術で人生初めて全身麻酔をする手術を受けました。人は大変だったでしょうと慰めてくれますが、当 人は眠っている間に全てが終わってしまったので自覚症状は全くなく、内視鏡での手術ですので、術後はお腹に4カ所(1カ所は「へそ」の穴を利用しているの で傷跡ナシ)小さな穴を開けた後が残っただけで、開腹手術のように切った後が直り際に痛むということもなく、何となく回復したというのが真実で、今でも冷 蔵庫の中に放置されている小指の先くらいの大きさの「胆石」がその事実を思い出させてくれるだけの出来事でした。

しかし、入院して3日間点滴だけで過ごしたのは実に不思議な経験で、人間あれだけでも何年も生きておれると思うとちょっと怖くなってしまって、3日後病院 に現れた家人は、その点滴の管が体につながれているのを見て、医師に「延命措置だけはしないでください」と言ったのは、あながち薄情ではなく、意識もなく 体中にチューブを取り付けられ、まるでスパゲッティーの中で昏睡している自分の姿は想像を超えた光景で、こうなったら家人でなくとも延命処置は本人の意志 ではないと、はっきりと言明する必要があると思います。

意識がなくなってしまっては、自身の意志を証明することが出来ないのであれば、正月に際してそのあたりをしたためた「遺書」でも書こうかなと、そんな心境 になる年の暮れです。

皆様良いいお正月をお迎えください。


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