■ 445■ 9月9日 2006
「死ななかってよかったですね」
8月20日に、血抜きのパイプがはずされました。これで、退院ができると思ったのですが、白血球値が異常に高いので、感染症を心配して、結局退院は8月
22日となりました。入院以来8日間、病院で過ごしたことになります。
↓手術をしてくれたV医師

自分の生涯で、始めての、かくも永き入院です。はじめのう
ちは、友人、知人の見舞いが頻繁でしたが、この頃になるともう見舞客の足は遠のいて、家人と二人きりで、一日中狭い病室で過ごすことになりました。別段、
取り立てて話す話題もなく、テレビを見たり、読書をしたりして終日を過ごしました。無言で時間が経っていきますが、こんなに長い間家人と一緒の時を過ごす
のも初めての経験です。言葉は少なくても、以心伝心で事がすむのは、長年連れ添っていた結果だと、何だか一段とお互いの理解が進んだ気持ちにさせられまし
た。それは僕だけの理解であるのかも知れませんが。
この期に及んでも、看護婦の検診は昼夜を問わず、二時間おきぐらいにありますので、家人はすっかり調子を落として、なんだかやつれた感じに見受けられま
す。特に夜中の検診では、僕は熱を測ったり、血圧を測ったり、お通じのこと事を聞かれたりして起きていますが、家人はその都度電気をつけられるので、付き
添いベッドで寝ていても迷惑そのものでしょう。こうなったら一日も早い退院が待たれます。
8月22日(火曜日)退院の運びとなりました。会計は病室に係が出向いてきて行います。僕のクレジットカードは10万バーツが限度ですので、会社に立替払
いをしてもらう事にしました。最初の検査代、2万バーツ、入院費30万バーツかかりました。僕の保険は香港時代から継続している物で、今は香港に居住して
いない事を理由に支払いを拒否される可能性があります。予想外の物入りにも、家人は「これからは、保険より、予防を心がけるように」と、快く了解してくれ
ました。
考えてみると、このところ、暴飲暴食が重なっていました。発病の二週間前にも、Y氏と新しくできた焼鳥屋に行こうという事になり、彼は禁酒中だったにも関
わらず、一緒して、僕が焼酎のボトルを一本あけてしまったという、愚行などもありました。ゴルフの後のビールも控えてはおりませんでした。一週間に一度の
「肝休日」も忘れ去っていました。自分で料理するのはいいが、献立や栄養バランスを全く忘れさっており、自分の好きな物や、NHKの「今日の料理」のテキ
ストをなぞって、同じ素材の料理が続いていた事も事実です。
そんな思慮のなさがももたらした「胆石」だとすると、これはもう自業自得というほか仕方がない発病です。しかし、バンコク独居生活二年で、胆嚢に石ができ
るとは、人間の体の不思議を改めて知らしめられた感じで、これからは心して節制をしなければ、と、自分に言い聞かせるよい機会になりました。
退院して、家に帰った最初の夜に再び事件がありました。自宅でシャワーを浴びて、バスタオルを使っていたとき、再度出血しました。それも予想外の血の量
で、一瞬慌てふためき、家人を呼びました。
自分で点検しても、手術であけた穴は、防水絆創膏がはってありますし、同時に切除した腫瘍(こぶ)も、同じ絆創膏で塞がれていますので、そこからの出血は
考えられません。バスタブの中に立って家人に点検してもらうと、どうも陰嚢にかすかな切り傷があってそこから出血しているという事です。自分では確認がし
づらい場所ですので、家人に買い置きの絆創膏を貼ってもらいましたが、みるみる間に、血溜まりとなって、絆創膏がすぐはがれてしまいます。
これは、困った事になった、やはり、ボリカン(無料の手術)など頼まなかった方がよかったのかと、しばらく、詮無い事後の後悔をしていましたら、血は出
きったと見えてそのうち、出血は自然と止まりました。どうも、切除した腫瘍のあった位置が、陰嚢のそばたったので、ボリカン手術は、アシスタントが適当に
やり、陰嚢に傷をつけたとも考えられ、「ダタほど怖い物はない」という諺をここでも味わわされました。
陰嚢はしわだらけですので、内視鏡の手術あとのように、絆創膏がはれません。傷薬を塗り込んでおきましたが、出血はそれ一度で、その後は血が出て、僕を慌
てさせる事態は起こりませんでした。
「胆嚢」といい「陰嚢」といい、今回はどうも「袋」に縁のある出来事の連続でした。悪い事はこれでおしまい、今後は「福禄寿」
「福袋」「福の神」など袋にまつわるよい事とぜひおつきあい頂きたいものだと、一人ほくそ笑んだりしています。
手術から一週間たったら、自分で絆創膏をはがしていいとのV医師の指示がありましたが、用心のためもう一日様子をみて、25日に家人に絆創膏をはがしても
らいました。まるで皮膚のように薄い透明の絆創膏は、簡単にははがれません。おそるおそる引っ張っていくと、そのうち、簡単に全部がはがれました。まる
で、皮膚のように薄い絆創膏で、肌にぴったり貼り付いています。はがした後は傷口から出血する事もなく、手術後の四カ所と、ボリカンで切除した腫瘍の部分
も再度出血する事はありませんでした。抜糸の手間もいらず、最新の内視鏡手術は、全く今までの内蔵手術の観念を見事に覆してくれる、医学の発達かいま見せ
てくれました。
一週間後の検診は8月29日でした。P医師の検査を受けました。
術後の心配は全くありません、安心して普通の生活をしてください、と励まされました。考えてみると、一週間前は、身をよじるくらいの激痛に苦しんでいたの
ですから、感謝の念は一塩です。心からP医師に感謝の言葉を述べました。
P医師の答えは
「死ななかってよかったですね」
どこまでも、直接的な日本語ですが、心よりそう思える瞬間でした。
→終止笑顔で面倒を見てくれたTopちゃん