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「ミス・ボウ」
■386■ 7月20日
還暦をとうにすぎているのに、タイ人の28歳の女性を泣かせてしまいました。それも号泣に近い泣き方をされました。ちょっとこちらが大人気なかったかと、
反省しているところです。
ことの顛末はこうです。昨年の8月から仕事に戻るべくバンコクに単身赴任していることは、読者の皆様は既にご存知のことです。
仕事を始めるにあたって、タイ人のアシスタントが必要ですので、仕事はじめは面接でした。最近は募集広告もインターネットの方が良い人材が集まるという情
報で、インターネットリクルートを使いました。
応募者には確かに良さそうな人がかなり多く、それも即刻に反応があり、こういうところが文明の力といわねばなりますまい。総務関係の人に第一次選考をして
もらい、約20人の応募者に会いました。募集要項では大学卒、英会話必須ということでしたので、面接はかなりスピードアップして終えることが出来ました。
この種の面接試験、東京でも、香港でもかなりの数をこなしましたが、短時間のうちに、かなりの数の応募者から採用を決めるのは、至難の技といわなければな
らない作業です。若きコピーラーターの採用で、女性であれば「そのうち結婚ということになった場合はどうしますか?」と質問をぶつけます。「結婚してもコ
ピーライターの仕事は続けたいと思います。強い情熱をもっています」という人物は、まず不採用ということになります。理由は情熱などすぐにさめてしまうと
いうことです。実際の仕事などというものは、理想や、自信をいとも簡単にくじいてしまうものです。彼女は自信過剰で、将来が見えていない、などというどう
でも良い意見をでっち上げて不採用にします。
中に一人「結婚しても出来れば、コピーライターは続けたい。
そして、主婦にしか書けないキャッチを考えたい」という人がありましたが、即、採用となりました。面接の極意は、要はどう自分を目立たせるか、他人と違う
意見をどう述べられるか、というのが勝負になります。かなりたくさんの数の面接者から、1、2人を選び出すのはこんな基準でもなければ不可能に近い作業で
す。いかに印象深い発言があったか、印象が強烈であったか、というのが勝負の決め手です。
今回の、タイ人のアシスタントも、結局こんな基準で選ばれました。彼女のニックネームは「ボー」。「カラオケが好きです」、というのが決め手でした。2次
面接で一曲歌ってもらおうと思っていたのですが、すっかり忘れてしまったのが、今回の号泣の遠縁になったのかも知れません。
彼女はどこまでも透き通った、すんだ瞳の持ち主です。それに美形といえばそういえる容姿でもあります。しかし、この若くて、はつらつとして、いささか世間
をあまりご存じない若さが、今回の号泣の原因になったかも知れません。いささかロートルの域に達している僕には、この若さがよい刺激になるかも、と最初は
期待していました。
はじめの3ヶ月は見習い期間です。朝の出勤も問題なく、朝一番で僕の机にきて当日の打ち合わせを積極的にするのが新鮮です。通常僕の知っているタイ人は、
朝顔をあわせてもあまり挨拶などはしません。現に運転手など、朝の挨拶はなく、夕方の挨拶もないという無愛想さです。こちらからあきらめずに挨拶をすれ
ば、そのうち挨拶が返ってくようになるだろうと期待はしていますが、約1年がたった今でも状況は好転せず彼に関しては、期待はずれのようです。
僕が35年くらい前に初めてタイ駐在を経験したときは、こんなことが普通でした。しかし、それから35年が過ぎています。高層ビルや、地下鉄などが出現し
て、街の様子が変わったように、タイ人気質も変化しているだろうと最初は期待しておりました。現に、昔は英語など話せる人が非常に少なかったのが、今では
かなり流暢に話す人を多く見かけます。
しかし、現状は大して変化していないのが実情のようです。タイ気質は相変わらずです。ボーの場合はそれに反して挨拶も清々しものがあるので、これはひょっ
としたらものになる(使い物になるレベルまで短時間に成長してくれる)という期待を膨らませました。それが3ヶ月経つと人が変わってしまったような勤務態
度に変身してしまいました。
清楚な服装だったのが、なんだかちょっと着ているものも、化粧もケバくなったと気がついたときに、もう変化はかなり進行しており、最初に感じたと全く真反
対の彼女のキャラクターが現れました。朝も僕の席に顔を出さなくなり、出勤時間も10時前後という体たらくです。
僕の仕事は広告代理店ですので、フレックスタイムを採用しています。出退勤はそれほどシビアーではないのですが、それにしても、何か用があって呼んでも席
にいることがまれという状態になりました。新人らしさがなくなり、靴の先がかなり尖がり、着ている洋服もトレンドフアッションに変わってきました。
急劇な変化にこちらが戸惑うばかりです。見習いが終わって本採用になったことで、「化けの皮が剥がれた」などと使い古された言葉では表現したくはありませ
んが、どうもそういう言葉がぴったりのような見事な変身です。若い女性なんて、皆、大なり小なり皆同じださ、と割り切っては考えられません。
はじめは輝いて見えていた彼女も、仕事に対する姿勢も、霧散してしまって、なんだか会社にピクニックに来ているような気分で毎日を過ごしているように見え
ます。
ある朝、午前10時に姿が見えないのが判明したときに「堪忍袋の緒が切れた」、と、これも手あかのついた表現がぴったりするくらい、怒り心頭に達しまし
た。一体どう考えているのか。正確を期す意味で、通訳を入れて叱正しました、その席で号泣されたのです。
言い分は、広告の仕事は大学時代に勉強していて熟知している。しかし、現在の仕事は、翻訳や、僕の下働きばかりで全く情熱が湧いてこない、というのです。
それに、僕も性格的にかなりエキサイトする時があって、そんな時はついていけない気分になるとのことです。
仕事に精通している人物からの叱正であれば、素直に耳を傾ける気持ちにもなりますが、未経験者の30前の女性にこう指摘されると、いささか、これも手あか
にまみれた表現ですが、「頭に来ます」。クライアント筋にいわせれば、そんな人物は即、馘首だと簡単に結論つけられました。どうするか、彼女をこのまま使
い続けるか、新しい人材を見つけなおすか、結論を急がなくてはなりません。
しかし、還暦すぎた男がうら若き女性に涙を流させたという事実は拭いがたく、やはり,ここは彼女とよく話し合って、問題をひとつずつ解決していく方が良道
だと結論しました。もう一度、心を新たにして、出直して欲しいと要望して、彼女も了解しました。
解決法は「年の功」と、再度使い古された表現をするほど、この種の話はどこにでも転がっている大して珍しくもない出来事で、メールマガで取り上げることも
あるまいという意見が出そうですが、うら若き女性の涙は、いかにも新鮮で、強烈で、ちょっとぞっとする力を持っています。涙の後ろに逃げ隠れしてしまう、
女性的な問題解決方法は、僕が一番嫌いなものでしたが。
しかし、よく考えてみれば最後に女性の涙を目にしたのは、もうかなり前のことだと気がつきました。それだけ、人生の劇的変化や、感激や、感激、悲嘆から遠
いところで生活していたのだと思うと、ちょっと寂しい気分にもなります。若き日はすでに遠のき、涙すら見ない生活をしていたのかと、改めて自分の今の生活
の味気なさに気づき、ちょっと、寂しくなった、今回の出来事ではあります。
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