|

タイの鳥インフルエンザは、この農場からはじまりました
「無農薬野菜」
■302■ 2
月9日
へー初めて知った。ヒラメは鱗がないと、今まで信じ切っていたのに・・・」
素っ頓狂な声で驚きを表す夫を見ていて葉子はちょっと奇異な感じがした。夫は、魚にうるさいと常にそれを自慢していたからだ。
「若いとき、釣りにこっていたというあの話は嘘だったの」
「いや、一時は狂ったように釣りに入れあげていたのは事実だけれど、ヒラメを釣った経験はなかったので、てっきり鯖などと同じように鱗はないと思ってい
た・・・」
四方を山に囲まれた盆地の街、チェンマイに住みだして3年も経ってこんな会話がうまれるのも、今朝ほど魚の卸に行って、南の町ラヨンから今ついたというば
かりの新鮮な魚を手に入れたからだ。ついでに鱗を落としてもらうために、魚屋の若者にヒラメを差し出した時、夫が素っ頓狂な声をあげたのだ。この魚屋は便
利で魚の下ごしらえをしてくれる。実際の話、自分の台所では鱗を落とすのは面倒で、ともすると排水溝を詰まらせたりすることがあるので、魚はすべて内臓を
取ったり、鱗の始末をしてもらってから持ち帰ることにしている。アジなどの始末はエラから指をつっこんで内臓を掻き出すようにしているのを見ていると、日
本では腹を割いて、と、その違いが新鮮だったりする。
この魚屋は実に重宝しており、当地に移住した当座は、こんな山国では新鮮な魚はあきらめなければならないと覚悟を決めていたのを、タイ語の習得に通って
いたYMCA
で偶然出会った、元板前風の男性から紹介してもらった賜だ。この中年はリス族の女性と結婚しているとのことではあるが、どうもちょっと訳ありの過去がある
感じで、穴の開いた赤色が褪せたT−シャツなど着ているのを見た夫が、
「あれは元板前で、女問題かギャンブルに狂ったかして日本におれなくなってしまって、チェンマイに逃げてきたのだ」と、勝手に自分で物語を作って悦に入っ
ているところなどは、なんと脳天気だと、ちょっと呆れかえってしまうが、人間観察の甘い夫の性癖は今に始まったことではないので、「あーそうですか」、と
軽く受け流していた。何でも香港時代そんな板前と親しくつきあっていたことがあるらしく、夫の論法では、海外で板前をやっている人はすべて訳ありというこ
とになるらしい。
こんな性格の夫とつきあっていると、物の善悪もすべて自分流の基準で決めてしまって、それがすべて自己流の短絡さで、いままでも随分と驚かされてきた。
今回もそうである。最近タイ産の鶏肉にインフルエンザが発生して、日本への輸出がストップしたのを契機にタイ政府はその汚名ばん回とばかり、鶏肉は70度
以上の高熱で料理すればまったく安全と大キャンペーンを張っている。今日も地元のテレビで「タイの鶏肉は100パーセント安全」なるキャンペーンを実況中
継していたのを見て、
「どうしてタクシン首相は右手にラテックスの手袋をはめているのかナー」
と、素朴な疑問をつぶやいた。
よく見ると、首相は左利きではなく、確かに包丁を持った右手に手袋をし、左手で鶏肉をつかんで捌いている。
「そういえばちょっと、変だわねー」
という葉子の返事に、
「いやいや、あれには特別の意味があるかも知れない。タイ産の鶏肉は100パーセント安全だというキャンペーンだろう。右手に包丁を握ってゴム手袋をは
め、素手の左手で鶏肉を持っているのだろう。タイの鶏肉は素手でも安全、しかし、それを危険だと輸入禁止にする日本の方が危険と『切り捨てる』包丁を持っ
ている右手に手袋をしている。「切り捨てる」日本の方がむしろ危険がはらんでいる、それをやめさせる必要があるので手袋をしている。タイの鶏肉は手袋など
の必要がないほど安全だというパフーオマンスだろう」
ちょっと、面白い見方だと感心したが、どうもこれは夫一流の、世間をちょっと皮肉った見方のようだ。首相はたんにラッテクスの手袋をはめていては、鶏肉
をうまく握れないからだけかも知れない。器用に粉などまぶして、唐揚げを作ってほほ張っていた。そのほかにも、大鍋でゆで卵を作って、それを何個も食べる
パフォマンスを繰り返していたが、日本でも貝割れ大根騒動の時に報道陣を集めて試食する姿を見せていた大臣がいたが、こんなデモンストレーションで国民が
納得するかどうかはかなり疑問だ。
鶏肉がだめ、牛肉がだめとなるとどうなると、どうしても魚や野菜中心の献立になってしまうのは仕方がないのだが、それについても夫は一家言があるらし
く、チェンマイの野菜や魚が本当に安全かどうかの検証を始めている。最新のニュースに敏感に反応するこんなところは好奇心旺盛か、単なる先走りかはさてお
いて、どうもこの野菜の問題も香港時代の残留農薬事件が強烈な印象で残っているようで、チェンマイの野菜も相当に農薬を使っているようだとの観測だ。香港
の農薬中毒事件というのは、冬の鍋の季節になると毎年繰り返されていて、野菜は「街市」と呼ばれる街の市場では買わない癖がついていた。香港の野菜はすべ
て中国からの輸入に頼っている。今年はどうだったのかしら。
住まいの近くに広大なチェンマイ大学の実験農場があり、そこでとれる野菜を直売している売店に出かけてみた。この売店の野菜は農薬を使っていないオーガ
ニックであると聞く。販売所は小さな小屋という感じの店構えで気をつけていなくては見逃してしまうような規模である。しかし想像以上の多くの種類の野菜を
直販している。しかし、供給される量が決まっているので、早朝がねらい目と夫の車で出かけた。案の今朝取り立ての数種類の野菜がご丁寧にビニール袋に小分
けして売っている。
タイはこのビニール袋を多用して何でもこれで用を足してしまう。移住して来た当座、ラーメンに似たこちらのつゆそばを器用にビニールに詰め、輪ゴムで口
を縛る技術に感心したのだが、タイの生活も4年目になるとそんな驚きも薄れて、自分でも残り物などビニールに入れて冷蔵庫にしまう癖がついているのを発見
して苦笑させられることがある。確か、熱い食べ物をビニールにいれると有害物質が溶け出して危険と新聞で読んだことを思い出す。せっかくの無農薬野菜だか
ら、包装しないで手渡しなどしてくれると安心感がますのだが、と考えるのは日本人の細やかさか。どうも、こちらではこの細やかさがかけているきらいがあ
る。自分でも段々とその繊細な気持ちが失われてしまっていくのでは、と考えるとちょっとこのチェンマイ暮らしが悲しくなったりしてくる。
たまごはここでも売っていた。つい数日前のニュースでは、ホテルやレストランでは鶏肉や卵料理は出さないように指導しているとあったが、ここまでは徹底
していないようだ。数種類の野菜を買い求めたが、ここでは種類も決まった物だけで、その他の買い物はスーパーマケットに出かけなければそろわないので、結
局二度手間になってしまって、運転をしない葉子にとちょっと面倒だ。
そういえば、去年行きつけのスーパーで出会った日本人の若い夫婦が、チェンマイ郊外で農場を経営していて、日本の野菜を提供しているので一度見学に来て
ください、と誘われていたのだが、その野菜もいつからか野菜ケースから姿を消してしまった。この地で日本の野菜栽培は人にいえない苦労があると思うが、食
品の問題がこんなに大きくなってくると、「頑張れ」と、思わずエールを送りたくなる今日この頃だ。
夫の研究では、チェンマイの野菜は「無農薬」「農薬コントロール」「農薬使用」の表示がしてあるとのことだ。気をつけなくてはと、タイ語のスペルなど確
認しているころである。この問題は自分勝手で細やかさにかける夫任せにしてはおけない重要性を秘めている。
無農薬野菜
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|