サ キさんのチェンマイ日記

                                        


「タンブン」
   
 ■265■  
  6 月18日 2003
     
 知 り合のタイ女性にKさんがいます。サキさんが35年前にタイ駐在でバンコクに勤務していたとき、会社の秘書をしていました。日本に留学して日本語をよくし ます。若くて、綺麗で、しかも親切で、よく気が回るという女性で、仕事上もおおいに助けてくれました。現在は、3人の子持ちの未亡人になっていますが、い までもビザのエクステンションなどで助けてもらっています。彼女がいなければ、チェンマイの生活もなかったかという重要な知り合いです。

 彼女は若いときから熱心にタンブン(お寺に対し て功徳を積む)をしていました。こんなに若いのに熱心なことだと感心はしていましたが、実のところそれほ どの興味はありませんでした。彼女が信じるお寺は女性のお坊さんでしたが、当時から高僧とは聞いていました。最初のうちはぼろ屋で説法をしていたようで す。その説法に熱心な篤志家の信者が現れ、最初はこの家を使ってくださいと寄進しました。次に現れた資産家の信者は、『お寺を建てるならこの土地を使って ください』とバンコク郊外の広大な土地を提供しました。こうしてお寺はどんどん大きくなっていきました。尼僧が死を迎えた時、10人の弟子にこの寺をゆず りました。この10人は高徳の僧で、さらに評判が高まり、寺はますます興隆しました。彼女は最初の数少ない信者の一人です。

 先年建立された、新しい黄金のパゴダにおさめら れている金無垢の仏像は、円錐形に積み上げられ、その数知れず。開山式典には世界から200万人が参加し たという規模の寺に変身しています。大冊の本ができていて、そこには黄金に輝く巨大パゴダの写真もあります。今では、この寺院の祭礼には全国から多くの善 男、善女が集まるとのことです。寺院は急速な拡大にマスコミも注目して、政府もおおいに感心を寄せたとあります。

 どうして、タイの仏教徒は、ここまでタンブンに 熱心なのでしょう。Kさんの話によれば、ブン(善行)を重ねると、この世で幸せな生活をおくれ、死後には 極楽に行けると信じています。この彼女、会う毎に「お寺にいきましょう」「来週の水曜日には説法がありますから、聞きにいきましょう」などと、誘われま す。自分のブンを人にも分けてあげたいとの考えだと思われますが、ここまで熱心だと人を誘うと自分にも御利益があるのではと、つい疑ったりします。

 しかし、それは全く危惧のようです。彼女の説明 によれば、「ブン」を積むのはあくまで自分のためだといいます。熱心に徳を積むことで、自分がいやされま す。タイ上座大乗仏教は自分のためのものです。それも現世の幸せが第一で、あの世の事はそれに付随する事のようです。ちなみにタイではお墓がありません。 死後は火葬に付してそれでおしまいです。家族や親戚、知人のためには祈らないのですかとの愚問に、「ブン」は自分のためにあり人には分けてあげられませ ん。しかし、「ブン」とは、「光や、香り」と同じもので、「ブン」を積んだ人から発する光や、香りなどは近くの人も感じる事ができるものです。花を見て綺 麗だと思う心と同じだと説明されてかなり納得できるようになりました。

 あくまで自分のために功徳を積むというこの考 え、これがタイを理解する基本になると考えます。だから自分だけがよければ、この世で幸せなら、というと一 見刹那的なようですが・・このタンブンの組織は強いつながりがあって、全国的な広がりを持っているようです。チェンマイにもKさんのタンブン仲間が沢山い て紹介してもらいました。皆、それぞれ社会的成功者のように見受けられました。ちなみにKさんの2人の息子は得度してお坊さんになっています。一人は帰属 したようですが、若いときから熱心な仏教信者で、息子をお寺にあげ、Kさんの今は本当に幸せなように見受けられます。家業はチェンマイ近郊でつくったバラ の花を商う『花屋』さんです。バラの名前は「ヘブンズ・ローズ」、なるほど。

 この話を同時に聞いた家人は、タイの宗教はすご い、普通尼僧のところには男の坊様は教えを受けにこないもの、日本でも女人禁制だったし、キリスト教でも 長い間女性の牧師さんがいなかった、イスラムでもそうで、宗教の世界では男尊女卑が普通だったのに、その壁を簡単に破っているのは、他に例を見ない解放さ れた宗教観を感じると、盛んに感心しています。ふむ、ふむ。


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