|

「パダウン族の村(首長族)」
■232■ 11月
22日 2002
メーホンソン探訪の、もう一つのハイライトは「パダウン族(首長族)」と「カヨー族(耳たぶの大きい族)」を訪ねる旅です。テレビや雑誌で、何回も取り
上げられているので興味津々でした。
でも、探訪した結果、夢は見事に破れてしまいました。この地は、秘境でも、未開の地でもなく、よく整備された難民の村というのが実状です。今回の旅行
で、ガイドを務めてくれたジンさんはチェンマイ大学出身で、英語が堪能、それと、最近YMCAでブラッシュアップしているサキさんのタイ語をあわせて、詳
しく話を聞くことが出来ました。住人もサキさんがタイ語を話すので、少しは気を許してくれたのかも知れません。
メーホンソンから15キロ離れた川沿いに、その村はあります。ここのバタウン族(カレン)や、カヨー族などはミヤンマー人です。タイ国境付近の奥深い山
岳地帯に住んでいる少数民族が、タイ領へ越境してきた、そんな難民を収容する施設です。その日常生活を観光資源として解放、収入を得るようにした村なので
す。チェンマイの山奥にも、これと似たメオ族の村がありますが、遠く険しい山を分け入って、もっと辺鄙なところにある村まで探訪にたどり着くのに容易でな
い人に、山岳民族の生活を見せる施設ですが、ここも同じよな施設です。
この村へは、メーホンソン郊外から、パイ川をスピードボートで下っていきます。この川は、180キロ離れたビルマ領に流れていく川です。このあたりで
は、川幅10メートルくらい、雨期があけた今の時期は、象に乗って渡れる位で、深さこそそんなにはありませんが、流れは結構急で、茶色に濁った水が蕩々と
流れています。観光客を沢山乗せたボートが行き交う姿を見ていると、千客万来で、急流を小さなボートでたどり着く未開の奥地という雰囲気がしないでもない
のですが、ここは総合的に開発された、観光資源に乏しい村に、何とか観光客を誘致しようという意図で作られた村です。もっとも、ボートは10人も乗れば危
険になってしまうくらいの小ささですので、沢山の観光客は一度に運べません。
村はよく整備されています。川岸から始まる傾斜地に、一筋の村を形成しています。高床式で、木の葉や竹をうまく使って建てられています。ここの住人は
35家族、150人、そのうち27人の女性が、首に幾重にもブレスの首輪をはめています。最年長は77歳の「パンサ」さんから、8歳の「ジーマー」ちゃん
までみな普段の生活をし、それを観光客に見せています。
最年長の「パンサ」さんはビルマ人で、ここからかなり山奥を分け入ったロイコー村で生まれました。5キロの首輪をはめています。この村には来て8年にな
るということでこの村の最長老です。
話し込んだのは「マッフォム」さん。
「35年前首輪をはめ始めました。現在5キロをはめています。」
首輪の由来も話してくれました。
「100年、いや200年前からの習慣です。昔、男は皆、山を分け入った奥地で働いていました。村には女、子供しかいない時間が多く、当時村はよく虎が出
現して、女、子供が犠牲になりました。虎の攻撃から身を守るのが本来の目的です」
「この村に住んでいたら、虎の心配もないし、文明も発達した今は、首輪をはずすことを考えたことがありませんか?」
とういサキさんの質問に、
「5キロの首輪は生活するのは快適と言えません。それに実際のところ重いです。そのうえ首輪が当たる首回りがただれることがあって痛いです。でも、今首輪
をとると、首が頭の重さを支えられず、それに第一、綺麗ではなくなります」
と、答えてくれました。そして首を見せてくれました。首と肩の付け根の部分が青黒くただれて、それに少し膿も持っています。そんな状態ですが、8歳の娘
「ジーマー」にも5歳の時0.5キロの首輪をはめたとのことです。実際5キロの重さとはどれくらいでしょうか。はめていない首輪を持たせてもらいました
が、それは想像を絶する重さです。よくも、こんなモノを首に巻いて生活出来るものだと、あきれてというのがサキさんの感想、お米の5キロ入りの袋はかなり
の重さなので、いくら「美」の象徴だと言っても、それを毎日首に巻いて持ち歩いているとは・・・とは家人の感想です。
娘さんは、このところ急に気温が下がって風邪気味ということで、詳しい話は聞けませんでした。どちらにしても古くからの伝統の風習ということで、こんな
山奥に住んでいる住民が、驚くほどの色彩感覚の民族衣装を着ているのに驚かされることと同質の現象だとは思いますが、想像を絶する習慣です。
耳に大きなイヤリングをしているのは、「カヨー族」の女性です。耳たぶに穴をあけて、そこにイヤリングをはめるので、時がたてば耳がだんだんと大きく
なって垂れ下がります。それが美人の誉れだということです。この村には、若いカヨーの母親が何人も住んでいます。やはり皆子供の具合がわるく「マイサバ
イ」ということでつききりで面倒を見ていました。「医者には行ったのか」「きのうメーホンソンの医者にみせて薬をもらった」「薬は飲ませたのか?」という
会話があり、やおら、注射器状の器具で薬を飲ませました。子供は泣き叫んでいますが、小さな子供は何処に住んでいても薬を飲むのが嫌いです。どうもこの村
の子供は今、皆、風邪を引いているようです。
タイに生活していると、季節の変わり目にはよく風邪を引きます。それも、気温が20度くらいになるとそうです。1年中暑い国では、発汗のために年中毛穴
が開いていて、急に気温が下がったりすると、体がそれに反応できず風邪を引いてしまうようです。それに、暖房器具がを使う習慣がありませんが、チェンマイ
でも「こたつが欲しい位の寒さがかつてあったのですよ」という日本人がいたりしたりするから、ちょっと驚きです。
元気な子供は勉強中です。村の一番高い位置に学校があります。「HUIPU KAENG HILL ARIA EDUCATION
CENTER」の表示がある教室で、15人くらいが学んでいます。黒板を見て驚きました。ここでは、「ビルマ語」「タイ語」「カヤー語」「英語」の4カ国
語を教えています。観光で生活がなりたっている村人にとっては、何カ国語も話せるこは大切なことで、一生懸命勉強しています。言葉のせいか、観光客ずれし
ているのか、みな明るい笑顔で、外来の人にものおじしません。
そんなところが、解放された山岳民族という明るい印象を与え、黄色の首輪を何重にもまいた子供たちが無邪気に遊んでいても、耳に大きなイヤリングを刺し
た母親が、赤ちゃんに母乳を与えている大きな乳房を目の前にしても、そんなに違和感がわいてきません。現代社会が失って久しい、おおらかに生きる姿がここ
にはあります。
その上、ここの住人が着ている民族衣装は、赤と黒を基調とした、色彩感覚あふれるものです。見慣れてくるとこの村の女性は皆、努力して非常なおしゃれを
しているように見えてきます。「美」を追求する女性の気持ちが極まれば、こんな苦労をいとわず美人になる努力をするものか、と考えると、女性の「美」に対
する飽くなき情念の強さを感じ、ちょっとそら恐ろしい感じがします。
ここにも小さなカソリック教会が建っていました。ここは山岳民族が静かに暮らす平和な村なのです。
首長族
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|