サ キさんのチェンマイ日記

                                        



「チェンライへの道」


  ■215■ 8
月 18日 2002
       

  読者からメールをいただきましたので、再度「チェンライへの道」を書きます。チェンマイーチェンライ間は、300キロ。途中に点在する郊外の町を抜け ると、信号は一個もありません。途中の町への分岐はあるのですが、幹線道路優先で注意信号(黄色)が点滅しているだけです。だから3時間のドライブはノン ストップです。

 峠を2回超えますが、ちゃんと登坂用道路がありますので、低速のトラックなどやバスなども簡単に追い越せますのでまさにノンストップ「我が道を行く」の 感じです。「途中で車が故障したら・・・・・・」の心配はありますが、携帯電話が発達した現代では、そんなに故障に対する恐怖も強くありませんし、第一、 昔に比べて車の性能が抜群信頼性を高めたので、故障の心配もそんなに強くありません。

 サキさんの乗っているのは、ホンダシビックの2001年モデルです。現在までの走行距離8000キロの新車ですので、これがチェンライへのドライブをを 決心させました。もし、故障をしたらの心配は多少はありましたが、車を信頼してあまりあると感じたのです。全国に張り巡らされた販売店も頼りになる感じで す。

 サキさんは、36年まえ発売開始されたホンダシビックの初代のオーナーでした。それまでは、N360とういう軽自動車に乗っていましたが、それが、丁度 この頃結婚して箱根へ新婚ドライブと洒落込んだのですが、途中の高速道路は問題ありませんでしたが、箱根の急坂は無理で、途中で何回もボンネット開け、エ ンジンを冷した苦い経験がありました。旅行から帰って、販売店にクレームしたところ、シビックという新車が近々発売になると聞いて、その車を試してみよう と思ったのです。店頭ディスプレー用の車を無理に手に入れたのが、間違いの元でした。当時、新型車は品質が安定するまで1年は買わない方が良いなどとは、 車好きの常識でしたがそれを無視した酬いがきました。

 この初代シビック。きげんよく246号線を走っているときは、信号待ちした時、となりのドライバーが覗き込んで「この車はどこのくるまですか?」などと 質問されること再三、いささか鼻が高かったのですが、きげんの悪い日は、スターターがうんともすんともいいません。仕方なく近所の少年を集めて押しがけを してもらうのですが、うまく一発でエンジンが始動すればよいのですが、何回も繰り返しているうちに、住んでいる団地からはだんだんと遠くなってきて、少年 達は一寸不安になってしまって「もうやめた」などと途中で放り出された時のみじめさといったら、もう泣きたい感じです。冬の寒い東京郊外の団地に続く道路 を、どれだけ恨めしく眺めたことか。

 それ以来、ホンダの車は敬遠していたのですが、今回タイの友人に聞くと、ホンダはタイでは非常に人気が高いとのことと、価格が手ごろなので思いきってホ ンダを選びました。もちろんタイの車の価格は、諸経費を入れると日本のそれの3倍近くもします。香港が丁度2倍だったので、それより高い感じになります。 中古車をも考えましたが、タイの中古車はもう一歩信用できないとの情報があり、シビックに決めました。

 35年の技術進歩はさすがで、このシビック、思いのほかよく走ってくれます。しかし、遠出は昔の思い出がありますので控えていました。1万キロの定期整 備が近づいても大きな不都合がなかったので、思い立って遠出を敢行しました。イヤッ、よく走ってくれました。道路事情が良いことを差し引いても、初代から 何回のモデルチェンジを繰り返して改良されてきたのかは不明ですが、信頼に値するマシンです。新型車は敬遠した方が良いとか、月曜日にラインオフしたアメ 車は、買わない方が良いとかいっていたことは昔日の感があります。

 タイは、現在アジアのデトロイトを目指しており、世界中の自動車を生産しています。今では海外へ輸出する力を付けており、日本のほか、世界に向けて輸出 しています。最近、自動車産業は中国に注目度が高いのですが、いつか近い将来ライバル関係なるのではと考えます。

 満タンでガソリン代は500バーツ、これだと2人で出かけると、片道915バーツの 飛行機を利用するよりずっと経済的です。それに、自動車は4人も乗れます。チェンライで医師をしているE 君も、最近では自動車を使ってチェンマイーチェンライを往来しています。

 次にODAの問題です。サキさんは、長い海外在住の経験からすると、ODA の問題は第2次世界大戦の戦後処理の問題が原点だと考えます。世界を相手に、共に戦ったドイツは戦後敗戦を素直に認めて、賠償を払い続けることを決めまし た。はっきりと、あの戦争の負けを認めることから出発しました。ナチス問題、東西ドイツの問題を抱えて、戦後は大変ないばらの道を歩みました。しかし、次 代になっても払い続ける賠償が、決して再び戦争をしてはならぬとの格好の教育にもなっていると考えます。自分たちの時代になっても、親の時代におかした間 違いの責任を取り続けていかなければならないのです。かたや日本は、戦後処理をきっちりとはせず、サンフランシスコ条約を持って全ての戦後処理は終わった との見解を、いつまでたっても堅持し続けています。潔く、あの戦争は日本の侵略戦争であったと認めて、謝罪と賠償をはっきりとすべきだったのです。ドイツ では「あれは親世代の責任で私たち次代の人間には関係ありません」とうそぶいてはいません。

 ODA は、戦争賠償の肩代わりの感じではじめられました。だから、いつまでたっても8月15日がくると、近隣国特に中国、韓国などから横やりを入れ続けられるの です。負けを負けとは認めない日本の体質、何となく暗黙の了解で、という腹芸は、現在のようにグローバル化した世界では通用しません。教科書問題などは日 本の内政問題で、外国の中傷を気にかけること自体が、おかしいのです。きちんと歴史の失敗を認め、独自性のある明るい未来を築くこれからの世代の教育は、 非常に大切な問題で、外国の干渉をはね除けるくらいの気構えが必要です。それには、ちゃんとした戦後処理が最初に必要だったのです。アメリカの中東戦争 に、多大な戦費負担をしいられ、挙げ句の果てに感謝すらされないことを思えば、賠償金を払う方がどれだけ日本を肩身の狭さからすくうか知れません。朝鮮戦 争がぼっ発して、日本の経済が急復興、長く続いた高度経済成長時代には、充分賠償を払う経済力とチャンスはありました。

 タイにも、日本のODNが沢山入ってきていますが、いつもきな臭い噂が立ちます。サキさんが最初にタイにいた1960年代、タノム、プラパートがタイ総 理大臣、副総理でした。市内とドンマン空港を結ぶ道路の、拡幅工事がいつまでも進まないのは、両閣僚が建設資材の砂利やセメントを食ってしまったからだ と、よく噂されていました。暫くすると、革命で両氏とも国を追われ、台湾に亡命していましたが、何年か後帰国して、国民に頭を下げて謝罪し認められたこと がありました。罪を改めればそれ以上の追求をしないタイ人の心の広さを感じたが、見方を変えれば、簡単に人の罪をゆるす気質が、悪の温床をいつまでも根絶 やしに出来ない原因のようです。

 マニラ郊外の高速道路建築にも、日本のODAが使われ、それがいつまでたっても完成しないとの噂がありました。サキは仕事でこの高速道路建築現場に立ち ましたが、それは立派な道路です。しかし、いつまでたっても完成しないのであれば、たんぼの中にたつ無用のコンクリートの橋でしかありません、これもマル コスの懐を膨らましたとの噂が絶えませんでした。

 これらのODAを、はじめから戦後賠償という名目で初めていれば、援助国に対しても「日本は先の戦争を真摯に反省して、それの証として賠償で高速道路を 整備してくれた」と誠意と真意が素直に伝わると考えます。「あうんの呼吸」では、世界を相手の対話は出来ません。もっと素直にものをいう勇気をそろそろつ けていかないと、世界の流れから取り残されてしまいます。アメリカ一辺倒の外交も、見直しの時期ではないかと考えます。

 タイ中部に「フレンドシップ道路」という、アメリカがベトナム戦争時代に作った道路があります。3層に連なる遠い山の向こうまで、まで真っすぐに伸びる 高速道路ですが、これはアメリカの軍需目的につくられた道路です。しかしその名称に「タイ・アメリカフレンドシップ」の名を付けるなどは、アメリカの外交 上手の見本だと感心ささせられながら、この道路を走った経験があります。こんなにまっすぐな道を作る発想は、いかなるものかとその当時は疑問でしたが、そ の後、アメリカ中南部ルイジアナ州のインターステーツを走って、その原点が分かりました。アメリカの大地は広大で道路建設のコンセプトは、いかに A、B地点を短時間で結ぶかというのが原点です。途中に町や村が存在しない、どこまでも続く大地。それに比べて、狭い国土の70%以上は山岳地帯で、道路 建設にもあちらの村、こちらの町の利権を満足させながらでなければ路線一本決まらない日本の現状。これは、根本から成り立ちが全く違っているのだと考えさ せられました。
かの国に、相手国の国民からいつまでも感謝されるODA がいくつ存在するかと考えますと、非常に寂しい気がします。


 タイの地方に続く道を走っていると、タイはやはりアメリカ的発想の国だと痛感させられます。しかし、毎日の生活を見ていると、そのおおらかさと、明るさ かからは、イタリア人気質を感じさせられることが多いのですが。


チェン ライ