サ キさんのチェンマイ日記

                                        

↑ 亀戸のふじ

「日本のマスコミ」


  ■204■  
6月 10日 2002
       
  昨夜は相当な雨が降りました。夜ですので全体はよく見えませんが、それでも隙間だらけの家の壁から、まるで湧いて出る感じで雨が侵入してきました。そ れも滝のようにです。どうもチェンマイの家は乾期用に作られている感じで(露は凌げても雨は防ぎ様がないようです)雨期は最低です。

 雨漏りはサキさんの家だけではなく、友人に出会うとよくその話がでます。南国の強烈な太陽が照りつける6か月の間に、コンクリトにヒビが入ってしまうの が原因と考えられますが、これからは大雨のごとにタオルを用意しなければならない憂鬱が始まります。

ワールドカップはチェンマイでも大盛り上がりです。今日も郵便局の職員から日本の勝利のおめでとうをいわれました。日本離れてはや23年になりますが、こ のときばかりは一寸ナショナルリズムが頭をもたげました。褒められて嬉しくないはずはありません。日本どこまで行けるか楽しみが増えました。

 4、5月の日本滞在時記続きます。

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 日本のテレビはもっと面白かったと信じていたのに、今回は見事に裏切られました。

 そこで気が付きました。日本人総中間層化した原因は、テレビのワイドショーがかなりの力を発揮したのではないかということ。どのチャンネルも同じ話題で 新味がありません。最も昼の時間のワイドショーを見ているのは主に主婦と考えられ、その層の考え方が一番平均化しているのはテレビ、女性週刊誌が原因のよ うです。

 一般新聞にしても、取り上げる話題は同じでその見解もどの新聞を見ても代わり映えしない感じです。もっとその新聞独自の意見や、信条が強くでて然るべき なのですがそれがありません。いま国会で物議をかもし出している重要4法案にしてがしかり、「個人情報保護法案」などは個人が自由にもの言えない事態が出 立すること必定なのですが、マスコミはことのほか騒ぎ立てません。いま開催中のワールドカップ報道にうつつを抜かしている間に、マスコミ自体の首を絞めか ねかねない法案が審議されている事実にシランふりしているていたらくです。

 ワールドカップを報道しない信念のあるマスコミがもっとでてきて良いのではと考えますし、また、そうでなくては新聞社テレビ局がたくさん存在する意味が ありません。

 驚いたことに、ワイドショーに大橋巨泉などが登場して発言していることです。国会の場で発言する立場を自ら放棄して今さらワードショーはありません。何 のために選挙に打って出たのか分かりませんし、現在でも公に向かって発言しているその神経が理解できません。
国会議員という立場はそんなに軽いものなのでしょうか。

 どうも日本のマスコミは歪んでしまっているようです。新聞社が発行数の競争をもっと熾烈にするならば独自色がもっとでるものです。それが、新聞拡張員な どという得体の知れない連中の力関係で新聞発行の優劣が決まる等は、一体新聞社や読者は何を基準にして購読紙を決めているのか心配です。

「新聞休刊日」が存在する自体が非常に問題です。新聞は、報道を使命とするならば自らそれを放棄していることになります。新聞配達員の休養が目的ならば、 それの代用員を用意すればこの問題は解決しますし、それが大変なら外国のように、もっとスタンド売りを徹底すれば良いことです。その努力もしないで一斉に 新聞を休刊にするなどという神経は、日頃の報道の根拠を示しているようではなはだ心寒い。

 テレビにしてが、ワードショーはどれも取り上げる話題が同じで、その構成も似たり寄ったりで新味がありません。日本に行って日本語で思いきりテレビを見 たいという欲望は、見事に打ち破られました。  

 そのワイドショー、何人ものスピーカーを並べて、それにこのスピーカーどんな基準で選んだのか知れないがタレント中心で、問題の核心に迫りません。別段 タレントが発言して悪いことはありませんが、明日の生活に大変な影響を及ぼすこと必定な大問題なども、この構成で終わらせようとする神経は理解に苦しみま す。各自がわいわいがやがや、自分の意見を言っておしまい。何の結論も見解もでません。世間におこっていることが、全てが混沌としていて、結論などそう簡 単にでないというスタンディングポイントにたっての番組づくりならいざ知らず。

 視聴率の競争で大変だというならば、もっと独自性を持った構成の番組を沢山作るべきで、今の番組は視聴者も仕方なく、何となく見ているので、誰も感心し てはいないと考えます。それでも、そんな内容のない番組を見せ続けられているうちに、自分の意見も怒りもどこかに消え失せてしまって、幸せな明日がくる と、何となく夢見心地にさせられてしまう恐ろしさを感じなくなってしまうものなのです。


 日本は、資源もなくそんなに住みやすい国でもありません。政治がしっかりして、国民に住み良い国をつくる義務があります。自分の国を愛せる気持ちの助成 が必要です。ワールドカップやオリンピックの時だけの、にわか愛国心では問題があります。心から愛せる日本、心から信頼できる総理大臣、そんなことの実現 にマスコミが果たす力をもいう一度見直してほしいものです。


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